100101
年末年始:31日は午前中孤児院を訪ねる。子供は1人もいない。なぜなら皆家族のもとに戻っている、と。孤児院?というか一時預かり所みたいな感じなのか?社会の仕組みが日本とは大きく異なるのを感じる。人が身寄りもなく1人ぼっちということは起こりにくい。というかそのようなシチュエーションはもともと存在しないのかもしれない。
その後ぷらーっとしてたら、正月料理のために、ということで、長屋内でごく自然にとりの解体が始まった。まさかここで?と冗談かと思ってた。そういえば繋がれていたなあ、とりが・・なんて思い出していたら普通にナイフが出てきて、あっという間に少年がものすごいて捌きで捌いていった。口あんぐり。早いのなんの。すごいのなんの。血がビューと出てきてちょっとぎゃーと言ってしまった。まったく未知の分野であり、彼らには極々日常なのだろうが、生きていく能力をなんだか大感動して見ていた。とてもたくましくかっこよくみえてしまった。 そして解体していくにつれ、あの日本のスーパーに並んでいるから揚げ用の肉ってなんで同じ形した肉があんなにいっぱいきれいに並んでいるんだ?という疑問がわいてきた。他の骨が多い部分とか形が歪な部分はどこに行くのだ?
夜は長屋の少年たちにカリフール(アブランク―中心の交差点)に連れて行ってもらった。パーニュ(布切れ)巻いて出かけようとしたら、ズボンにしろ!と全員に抗議され、着替えた上で0時出発。とにかくありがたいことに?ここの長屋のみんなは保守的なようで、身だしなみなど少しでも開放的なのは目に余るみたい。そしていつも私が危ない目に合わないように?夜でかけるときは帰りも家まで送り届けてくれる。
カリフールではなんと!!!ダンスコンクールが開催されていた。その盛り上がりたるや!ちびっこ(7.8歳くらい)から大人までわれさきにと前に出てこれまたサイコーに上手に踊りまくっている。仲間うちの弟が子供部門で優勝し、これまたクールにきめてかっこよく、大興奮。彼は首にマフラーみたいにおしゃれに巻いていて、髪型もかっこよくラインを入れて素敵にして、そしてすましていましたが、マフラーかと思ったのはTシャツの切ったものを裏返して巻いていたみたいで、なんでも工夫する姿にもやっぱり感心。
今日2010年を迎えた。少し慣れてきたのか、アフリカやっぱりサイコー!と2週間前の病気していたときの感情をすっかり忘れて、大満足の年末年始だった。
100110
Boodooのお祭り・・・ベナンは土着宗教が60%よ記録があったが、その種類は50をはるかに超えるらしい。詳しい分類は誰に聞いてもよくわからない。
今日学んだことから私なりのやや勝手な解釈を踏まえて以下に記す。
*住む地域、集落ごとにファミリーと呼んでいるのが、多分ひとつの宗派の集まりになっている。
*神様がいろいろいる。(多神教)たとえばzangbeto(藁をかぶったくるくるまわる神様)、マミー(マーメード)、などなど・・・・何の象徴か不明だがtinaというものを肩にしょって皆踊っている。
*たとえばzangbetoなどは明らかに中に人がいてくるくる回っているんだろうけど、人が入っているとは誰も言わない。誰に聞いても、“人がやってるんじゃない、神様なんだから”、というような答えが返ってくる。
*朝儀式をする。7時前後みな遅刻で集合といった様子。部屋の一角、一角というよりは3分の2近くが祈り場になっていて、聖水なのか香水を中庭風にコラージュしてあるところへふりかけ、石で台をたたきながら、呪文?を唱える。コーラと言われる実を中庭そして床になげて、何か占いのようなことをする。(ちなみに私は1月23日に問題があると言われた。)カラフルなネックレス、かブレスレットをして、灰のようなものでひじ裏と額、両頬、胸の中央にマークする。それで一通り終わり。はじめは大人4人続いて水浴び後の子供たちが6人くらいお菓子をもったままの子もいる。年長の子が呪文を唱えて、子供だけでお祈り。意外にも外国人がとなりの部屋からきょろきょろ覗いていても全く気にしていなかった。
その人たち曰く、ブ-ドゥ-とは違う、と・・・。でもあとから別の人に聞いたら、すべてを総称してブードゥーという、と。よくわからない・・・。
*気が狂った、神さまが乗り移った?人も何人か見たが、個人的には度数の強いお酒をがぶ飲みして、ダンスしてトランス状態になって、酒の勢いにまかせて、暴走しているように見えたけど、みんなそんな風には思っていないみたいだった。
*中心地のお祭りの踊りと太鼓はすごかった!!!それぞれのファミリーで陣地になているようで、テント屋根が張られてブースのようになっていた。会場内には売り歩きが、会場外には屋台が並んでいて、まさに盛大なお祭りだった。男の人も女の人もその肉体美さることながら、リズム感や全身を使ったエネルギッシュな表現が見事すぎて、見いってしまった。大きな派手な振りとかはない。小刻みに体の全部分を使う動きが多いように見えた。が、汗拭き散ってすごい。まず小銭を太鼓たたきに払って曲をリクエストしてたたいてもらって踊る、というスタイルが一般的な様子だった。それか自分のファミリーのたたき手で踊るか。グリオ(伝統口承音楽家)と言われる人たちもzangbetoの登場のときに現れたが、素人の私はよくわかっていないと思うけれども、それでもたたき手の雰囲気とか違うような気がした。
12時すぎにはもう何千人いるのか、というくらい人に覆われてすごい熱気になっていた。
長屋の人はほぼ全員クリスチャンだが、私がネックレスをぶらさげて、しるしのマークをつけて、る~んと帰ったら、あまりいい顔はしていなかった。“ネックレスもうはずしたら”とか言われた。でもテレビでニュースを興味心身に見いたっりお祭り見学はするらしい。
皆が心底から不思議現象やそういった象徴的なものに神様が乗り移ったり、神様の意志が働いていることを信じている。全部を信じてはいないし、どうしてこんなに非科学的な考え方なのか不思議に思うこともあるけど、逆に言うなら日本でももう少し、自然の畏怖を感じながら生活した方がいいのかも。暑ければクーラー、寒ければ暖房、空気が悪いと言って清浄機、水がまずいと言って、買い水、夏にスキーがしたければ巨大なセットを作る・・・これらのことはまるで対症療法そのもので見える必要のあるものまで、覆い隠して、どんどん感覚を鈍麻させていっているような気もする。
話は戻るが、はじけんばかりの力を出し切る場が今までの人生にどれだけあったかなあ、と考えた。老若男女皆がただでさえ今まで見たことのないぐらい体力のある肉体派の人たちが、全力で踊ったり叩いたり、歌ったりその汗が拭き散らばる感じがほんとうにかっこよかった。
100120
井戸の活用・・・少しでもアフリカの人に?ということで、まず手始めに井戸を使うことから始めた。今日で4日目になるが、少しだけさまになってきたか?道具を揃えるのには、地元お友達の力を借りて、現地価格(外国人価格でなくて)で買うことができた。1回目は井戸まで袋が届かなくて大笑い。いつもの通り、ジュディカエル達が助けてくれて、一緒に探しに行き、うまい具合のロープをみつけ接いでくれた。帰りにパパイヤまでとってくれた。ちょうど2すくいで桶がいっぱいになり、体もきれいになる。少しずつ地元の人の生活と同じ生活に変えられるところだけでも変えていくことを目論んでいるが体力のベース的にも身体構造的にも叶わぬことも多い。その第1歩でかなり嬉しい水浴びだった。近所の人は、断水してるのか?とかかなり変な顔をしていた。が、井戸を使いにいく、だけで、近所の人との会話が1つまた一つと増えていくので、それもいい点のひとつかな、と思っている。